山田まな 活動日記

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行財政改革特別委員会を!開きたい!


下のコメント欄にも少し議論が出ましたが、「役人に丸投げの行革」とのご指摘、私も同印象を受けました。「乾いた雑巾を絞る」という表現は実に的を射ています。

総務局の指導の下、財政局が各局の予算を切り詰めているというのが現状です。

行財政改革は、一番わたしがやりたいことです(その壁でNPOボラ時代、苦労したわけですから)。

単年度収支というシステムそのものも、無駄を生み出す仕組みと考えています(が、それはまた別の議論で)

時代は変革し、少子高齢化時代になりました。働く人口が減り、退職後年金暮らしのお年寄りが増えれば、税収は減り、福祉の予算が膨らむのは当然の帰結です。これでは財政はうまくいかない。行革をし、行政のシステムそのものを効率化・合理化する必要があります。

役人による行政主導の行革だけでは、そもそも無理があります。制度が縦割りで運営されている。重複している業務を統廃合したり、時代に即さない条例を改正するには、議会の政治主導による行革も必要です。ただ、政治主導だけでも無理でしょう。国政の民主党政権が行った事業仕分けで、そのことを学びました。

やはり行政と議会が連携しあい、また市民の皆さんに広く意見を伺いながら、行財政改革を進める必要があります。最初は遅々として進まないでしょう。ですが、長期的に見れば一番近道ではないかと思います。常任委員会は縦割り委員会です。行革を推進するには、横断的観点からやる必要がある。全部の局を集め、事業仕分けや条例改正、制度設計を深く、『横断的に』議論していきたい。

本日、委員会でその旨を発言いたしました。自民党の横井議員、共産党の山口議員が、続いて賛同くださいました(というより、この主張はずっとされてきたそうです)。

行財政改革を徹底的にやるための、特別委員会を開きたい。

時間がかかると思いますし、4年で成功するかわかりませんが、地に足を付けてしっかりやっていきたいです。
by yamadamana2011 | 2011-04-18 23:13 | 考える

保育料値上げの問題

保育料値上げの問題に関して。

私は財政福祉委員会なので、中継で財政福祉をご覧になられても、「保育料値上げの問題」の議論は出てきません。

管轄は、「教育子ども委員会」です。

本日、子ども教育委員会の会議室の前に、たくさんのお母さま方がお集まりになりました。

財政局が「行財政改革の取り組み」に、「保育料値上げ」を入れたこと、理解ができなくて、問い合わせたところ、「受益者負担」という言葉が出てきました。

つまり、「その事業によって特別に利益を受ける人々に、金銭を負担していただく」という考え方です。

財源には限りがあり、全員の福利厚生を満たすのは無理。ならば、限られた財の再分配をするにあたって、より多くの人々がその恩恵に預かる事業を優先しよう。限られた人々にしか恩恵がない事業なら、それに対し税金を多量に費やすには、恩恵を受けない人々にとって不公平になる。という思想から来ているようです。

ただし、これは行政の観点です。

みなさまの書き込みを拝見するに、行政の議論は偏りがあるに思えます。とりあえず、保育料値上げに関しての書き込みをまとめ、印刷して教育子ども委員会のみなさんにお渡ししました。明日の朝、これに関し議論を深めます。

またご意見のある方、yamadamana2011★gmail.com(★→@)まで、メールをください。もしくは、このコメント欄に書いていただきたいです(コメント欄書きにくくて申し訳ありません)。

本来なら、事前に足を使ってみなさまのお話を伺いにまいるのが、筋です。
が、どうぞみなさまのお力・お知恵を貸してくださいませ。

某メディアさんが、保育料値上げ問題を特集したものを、明日の朝見せてくださることになりました。委員会メンバーで集まって、検討していきます。
by yamadamana2011 | 2011-04-18 22:57 | 考える

議員になってやりたいこと


さて、最後になりました。時間ぎりぎりまでに書くことができたらと思います。長くなりますが、お付き合いいただけたら幸いです。

減税日本の公約で掲げている三部作は、それぞれが突破口。手段のひとつであって、目的ではありません。

 市民税減税10%⇒行財政改革
 議員報酬800万円⇒議会改革
 地域委員会全市拡大⇒直接民主主義

そして、これらの行きつく先が「自分たちのことは自分で決める!」“市民自治”を目指すものだと考えています。私のやりたいことは、市民自治を築く一助になれたらと考えております。

「市民税減税10%→行財政改革について」

 1)増税日本と減税日本
 長引く不況で税収が落ち、市の借金は22年度で1兆8587億円にまで膨れ上がりました。市民ひとりあたり、82万2900円です。「市債を増やしながら減税するのは大丈夫なのか。」、「単なるバラマキ政策ではないのだろうか」。辻立ちしているとそういう声を多く耳にします。そもそも不況による税収減、生活保護など福祉予算の増大、子ども手当の地方負担分のため、借金は増えざるをえません。借金を返すには、民主党政権のような消費税大増税掲げ、税収を確保する必要がある。そこで、「待てよ」と来たのが減税日本です。「今の行政のあり方に問題があるんじゃないのか」。今のデフレ不況下だと、減税しても消費を促進する効果はなく、貯蓄に回ると考えられます。また、増税すると、ますます消費は委縮し不況のスパイラルに陥ります。どっちに転んでも現状が打開できない。それよりももっと根本的に行政のシステムがおかしいのではないか。行政の無駄を省き、腐敗しきったシステムを刷新しよう。そこを訴えるための減税策です。

 2)行財政改革
 “日本3大おこし”、東京の雷おこし、大阪のあわおこし、名古屋の掘りおこし。
「年度末は道路工事が多すぎる」。「予算を消化するために、年度末は道路を掘り起こして、また掘り起こした土をかぶせてコンクリートを敷く。それで、業者にお金が入るでしょ。必要のない工事なんだけど、これ、公共事業なんだよ」。またまた区役所の方の話です。
 
 22年度の行財政改革の実態とは何か。人件費削減・「天下り先」と批判される外郭団体の見直し・経費削減。「学校の英語のアシスタントを減らした」など、市民サービスが削られてしまった場合もあるそうです。それでは、本当に改革をしたというよりは、表面的な“つじつま合わせ”になってしまう。
 「縦割り行政」「国の下請け」「たらい回し」「重複部」。役所で働く人、役所の制度を使う人、ともに「制度が時代にあっていない」と漏らしています。

具体例として、こんなメールをいただきました。

「区政協力委員制度の問題点。

①市役所・区役所主催の行事が多すぎる。
②これに区政協力委員の動員を割り当てる。
(役員になると雑用が増える、という強迫観念が
役員受諾のお願いとお断りのせめぎ合いを招いている)
③さらに行事をすれば経費がかかる。
④その為毎年、町内の世帯数に応じて過剰な上納金を求めてくる。

自然体で盛り上がらない企画は止めればよい。
住民のためのはずの企画が住民を苦しめている。

日本の行政はどうもお節介がすぎる。
そのお節介が自分の職場を守るためならとんでもないことである。
どうも後者のための事例がちらほら うかがえる。

しかし私が公務員であったとしても同じ行動を取るであろう。
問題は公務員自身ではなく、その人事制度にある。
人事制度次第で人は180度正反対の行動をとるものである。

河村市長流に言えば、日本初の、いやひょっとすると
世界初の人事制度(民間型)が待たれる。
政治家よりも圧倒的に数の多い公務員の活用がそこにある。

PS 名古屋市で5200人以上を擁する区政協力委員制度
よりも手を上げて就任する地域委員の配下に町内会長が
存在する組織であれば現状より相当良い。」

 会ってお話を伺いますと、そもそも区政協力委員というのは伊勢湾台風の後に作られた災害防止対策のための組織。それが今、形骸化しており、市・区役所が、予算消化のため、誰も望まない行事に関し手取り足取り指導してくるのだそうです。「必要ないよね。トップダウンのおせっかい」。

 数十年前に作られた制度設備が今もそのまま使用されていることに問題がある。そこに無駄がある。旧態依然の制度を一度バラバラにして、合理的・効率的な制度を作り上げる。その作り上げる主体となっていくのが、官僚ではなく市民。市民による市民自治のはじまりです。

 ボランティア活動をやっていて、痛感したことが2つ。
ひとつは、地域コミュニティの重要性。「あなたがたはバカなのだから、賢い我々のいうとおりにしてればいいのです」という上から下を統治するやり方は、お金がやたらかかる割に効果は出にくい。また反発も生じてきます。「少ないお金の中でも、自分たちの力でなんとか暮らしをよくしよう」と内側から発生する情熱は、効率も良く無駄も少ない。互いが互いを少しずつ支えあう互助の関係性は、紙幣に換金できないほど福祉やセーフティネットとしての効果を生む。
ふたつめは、行政制度が慣例主義で鈍くなっていると、上にあげた下からのボトムアップの熱に対する障壁になってくるということ。せっかくより効率的な制度をつくろうとしても、縦割り行政に阻まれて、「権限がない」「前例がない」と、常にうやむやになっていってしまう。
これからは、役所・議会・企業・NPO・自治体、そして市民のみなさんが、当事者意識を持ち、上下関係ではなく、対等な立場で熟議し、連携し、協働する場を作る。それに向けて、一度旧態依然の行政制度を刷新する必要があります。二重・縦割りをなくし、民間経営手法を取り入れる。名古屋の掘りおこし現象を生じさせるような単年度収支はやめるべき。それが根本からの行財政改革だと考えます。「名古屋の政治を変えよう。協力する。」とおっしゃってくださる方が、職業を問わず増えてきています。

あああ、そろそろ時間切れになってしまいました。一番やりたいことは、「市民自治」です。地域コミュニティの再生です。それを実現するために、あらゆる壁を取り除くことに奔走したい。自己責任なんかじゃない。ひとりで苦しまないでください。これまでの膿が噴出しているのが現在です。名古屋から政治が変わります。それに続いて、日本全体が変わっていきます。

明日以降は、西区を走り回ります。10日間。これまでたくさんのコメント・メール・FAX・ツイートをありがとうございます。すべて、何度も何度も繰り返し読んでいます。様々な人の出会いで生かされています。受けたご恩は、必ず還元していきます。
by yamadamana2011 | 2011-03-03 23:51 | 考える

若い世代・子育て世代のみなさまへ

若い世代・子育て世代のみなさまへ書きます。

「あなたがたが動けば、政治は変わる」

平成19年、名古屋市議選投票率は4割でした。6割の方が、投票権があるにもかかわらず、投票行動をとっていない。その6割は「浮動票」といわれる、現職の方々が一番恐れる票です。

つまり、この名古屋の政治を動かす潜在能力を秘めているのは、6割の方々です。

sakuraさんにコメントをいただきましたように、これまで政治に無関心であった方は多くいらっしゃると思います。「誰に入れても変わらない」なら、投票日に出向くだけ時間の無駄。そのように思われても仕方がないのでしょう。現職の方々が今までどのようなお仕事をされてきたか、様々な場所からお声をいただきました。すべての方がそうだとは思いません。が、やはり「カネ」にまつわるお話、「先生」と崇められ権力をかざすお話、利害関係者のさまざまな思惑で、本当に大切にしなくてはならないことが、ないがしろにされてきたお話。

昨日、お電話をいただきまして、市議会議員の元現職の方々が、「若いもんが軽い気持ちで選挙に出るな」というお声があると伺いました。明治維新の立役者は殆ど20代~30代でした。国を憂い、子どもの未来を憂う。今立ち上がらないと日本は世界に埋没してしまう。憂国の志士として立ち上がるのに、年齢も性別も何もかもが関係ないはずです。市議会解散の住民投票に、69万6146票賛成を投じた人々の心は、「現状の議会はNO!」という意を表しております。先日、「正しければ、人はついてくる」と書きました。言い換えれば、正しくなければ、人々はついてこないのです。支持者、利害関係者の声に縛られて、民意が何を望んでいるか真摯に耳を傾けてこなかった、その結果ではないでしょうか。それに対する釈明も答弁もなしに、「若い」というだけで、頭から否定する。これからの日本を背負い、国の借金を返し、子を産み育て、高齢化社会のお年寄りを支えていくのは、私たち「若い」世代の人間です。この世界を生き抜かなければならないのは、これからの人間です。その必死さを、どうしようもない閉塞感でなおも打開しようともがく世代を、どうして、理解していただけないのか。

若い世代・子育て世代のみなさま。

投票に行かないということは、“白紙委任”になります。つまり、投票に行かず、「現状の政治に賛成している」という意味になってしまいます。あなたがたが「この世界はおかしい、変えなくてはいけない」と立ち上がる一歩が、投票行動になります。これから市民自治に政治体系は移行していくでしょう。「自分たちのことは自分たちで決める」と、政治は身近なものになっていきます。でも、そんな社会にするには、現状に甘んじる人々に「NO!」をつきつけ、「この人なら信じてみたい」と思う人間に、票を投じる必要があります。

あなたが動けば、政治は変わる。

明治維新をもたらした若い先達。彼らの紡いだ歴史をみると、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の一説を思い出します。

「僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸(さいわい)のためならば僕のからだなんか百ぺん灼(や)いてもかまわない。」
by yamadamana2011 | 2011-02-22 12:25 | 考える

対話、共生、そして協働の道を

小泉政権の「構造改革」が代表とされる新自由主義が立ち行かなくなり、民主党政権の新福祉国家が、しがらみと内部闘争・バラマキに近い政策などによって混迷しております。

「未来へのビジョンはあるのか」。

矛盾だらけの生きにくい現代を変えなければならないと皆、同様に危惧し、政治に期待が高まる都度、裏切られる。若者の政治無関心が問題視されますが、「誰に入れても変わらない」という考えが根底にあるとしたら、一概に面と向かって批判もできないのではないでしょうか。

「河村改革も過去の事例と同じ轍を踏むのではないか」。「大言壮語にすぎないのではないか」。その勢いの激しさに警鐘を鳴らす人、そして過去の経験により疑心暗鬼になる人。
“独裁者”とまで言われておりますが、果たしてそうか。

河村たかし市長の政策の根底にあるのは、自治分権型社会であり、目指すところは「市民自治」であると私は考えます。主権在民三部作である、「市民税10%減税の恒久化」・「議員報酬800万円(議会改革、役所改革)」・「地域委員会の全市拡大」は、「市民自治」に到達するまでの手法であって、これらが目的ではない。
個人的に師事した先生の文献の一部をここで引用します。

横須賀徹 「基礎自治体主導の地域づくり」(小池洋次編『政策形成』ミネルヴァ書房,2010.) 

 まず、はじめに市民自治の精神があるのだという考え方を持たなければならない。いわゆる国家というものがあり、国家が全能で、いつでも都道府県や市町村に命令して住民を助けるのだという時代は終わったということである。
 むしろ、発想を転換し、市民自治を出発点として、市民ができないことを自治体(基礎自治体・広域自治体)や国にやらせるのだと考えなければならない。
(97頁)


 その変革の方向性は、『地域先導化』、『地域総合化』、『地域個性化』の3点である。

 『地域先導化』は、課題への対応に、他(国や広域自治体を含む)の提示を待つことなく、自らの案を示し、働きかけるなどにより、思考と手法を先導する。加えて、市民の力(思考を含む)を先導の力とするシステムを組み込むことであり、上から目線の職員行政から、地域の市民の生活様式・課題や文化水準の変化を踏まえた市民活動=市民参加の補完ないし代行への転換を目指す。

 『地域総合化』は、地域の課題は分解して組み立てなおすと、複雑に多くの要素・分野・人々が関わっている。それらを、国省庁所管による縦割りの刻みから、地域独自の手法や協働による持ち寄りなど皆で取り組むことや、周辺や関連する自治体・企業・団体と連携し、各々の資源を相互に活用することで地域の条件を整えるなど、官治集権による縦割り官庁によるバラバラの執行をやめ、基礎自治体主導の地域総合システム化に向かうことを意味する。

 『地域個性化』は、地域の課題を確実にとらえ、一般化して捉えられる部分は一般化して既存の手法を取り入れるなどのほか、地域の特性や特別な配慮が必要な内容を、どのように何を残し、何を戻し、何を加えることで、基本政策に地域の個性を生かすことができるか考えることで、国の画一行政から、地域特性を生かす基礎自治体の文化行政への転換を目指す。
(108頁-109頁)


支配・被支配、搾取・被搾取の関係は、人々に「お上下々意識」を植え付け、立ち行かなくなれば、次第に反発と抵抗を生み出す。「自分たちのことは自分たちが決める」と、市民自治を出発点にし、地域・基礎自治体・広域自治体・国・国際社会が、多元的・重層的・補完的に存在し、連携し、協動の場を作る。上からの「改革」ではなく、まさに河村市長の言う庶民による「革命」。

受け売りではありますが、私は以上の文章が示すような未来が見たい。皆さまはどう思われるでしょうか。
by yamadamana2011 | 2011-02-19 07:14 | 考える

減税日本ナゴヤ 西区 
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